野口二郎の兄弟や家族は?1942年のプレイボールのモデルのその後は?

08.122017

この記事は3分で読めます

2017年8月12日、ドラマ『1942年のプレイボール』が放送されます。

 

大谷翔平の二刀流が騒がれていますが、元祖・二刀流と呼ばれた野口二郎を主人公に、プロ野球で活躍した野口4兄弟を取り上げたドラマです。

 

野口二郎がどんな人だったのか、気になりますね。

 

野口二郎について、調べてみました。

 

スポンサーリンク

 

野口二郎の兄弟や家族は?1942年のプレイボールのモデルのその後は?

nogutijiro

名前:野口二郎

出身:愛知県名古屋市

生年月日: 1919年1月6日

没年月日: 2007年5月21日(満88歳没)

身長:175 cm
体重:64 kg

高校:中京商業学校(現・中京大学附属中京高等学校)

 

野口二郎は、1937年夏と1938年春の甲子園大会でエースとして優勝。

1937年夏の決勝は川上哲治の熊本工業学校に投げ勝ちました。

 

法政大学に進むが中退し1939年に東京セネタースに入団。

プロに入ってからも連日の力投によって「鉄腕」の名をほしいままにします。

 

しかし、1943年に徴兵され、1946年に阪急に復帰。

 

1947年には56試合に登板し24勝。

しかし、戦争によって筋力は低下しており、以後徐々に打者としての出場が増加した。

1946年に当時日本記録の31試合連続安打(8月29日 – 10月26日)を記録。

1953年限りで選手を引退。

 

投手として、

通算勝敗数   237勝139敗
通算防御率   1.96
最多勝1回    1942年 40勝(17敗)
最優秀防御率2回 1940年 0.93、1941年 0.88
最多奪三振1回  1942年 264
シーズン最多完封 1942年 19試合(プロ野球記録)
シーズン最多無四球 1948年 13試合(プロ野球記録)
連続無四球    1950年 54回1/3(プロ野球記録)

 

打者として、

通算安打  830安打
通算打率 2割4分8厘
通算本塁打 9本
通算打点 368

 

これだけでも、とんでもない成績なんですが、絶頂期に徴兵されてしまったため、戦争がなかったら、どこまで成績が伸びたか想像がつかないほどですね。

 

引退後は毎日・阪急のコーチ、近鉄二軍監督などを歴任しました。

 

西本監督は、

「野球の経歴は彼の方がよっぽど輝かしいが、偉ぶることもなく献身的に支えてくれた」

と、言っています。

 

野口二郎は、物静かな人だったそうで、大きな実績があっても、自分が前面に出ることなく、しっかりチームを支えていたんですね。
スポンサーリンク




兄弟についても、見ていきます。

 

長男は、野口明。

 

明治大学を中退して、プロ野球選手になります。

 

プロ野球在籍期間 1936年~1955年(1938年から1941年まで兵役)
投手として、49勝40敗。
打者として、1169安打。

 

監督にもなります。

 

二郎が投手、明が捕手でバッテリーを組んで、 三男の昇を打ち取ったことがあるそうです。

 

三男は、野口昇。

 

プロ野球在籍期間 1941年~1943年。
打者として、115安打。

 

1943年に徴兵され、 1945年にフィリピンで戦死しています。

 

四男は、野口渉。

 

プロ野球在籍期間 1944年~1946年(戦争による中断の期間あり)
投手として、0勝2敗。
打者として、8安打。

 

1947年に入団した球団が解散、リーグも解散してしまいました。

 

球団オーナーの経営する会社に 入社しました。

 

父は、野口栄次郎。

父の代から続いた染物屋を潰してしまったそうです。

それをきっかけに、子供たちが大学を中退して、プロ野球の道に進みました。

 

母は、野口かなです。

母は、 8人の子供を産んでいます。

 

子だくさんだったんですね。

 

以上です。

 

野球が好きな私でも、野口二郎の名前は知りませんでした。

これだけの成績を残していて、知られていないのは、おかしいくらいですね。

戦争でプロ野球が中断した影響も間違いなくありますね。

 

スポンサーリンク

関連記事

コメント

    • ごんちゃん。
    • 2017.08.14

    野口二郎って、私は当然ながらナマで見ていませんが、
    戦前の大投手として必ず名前が上がりますよね。
    沢村やスタルヒンに匹敵する剛腕だったそうです。
    野口二郎と言えば、対名古屋軍の延長28回完投ですが、
    前日にも1安打完封しています。ノーヒットノーラン
    達成できなかった腹いせに川上哲治と飲みまくったそうです。
    そんな中での28回完投ですから、想像を絶する鉄腕ぶりです。
    また、打撃も優れていた彼は、投げない日は普通に内野手をやっていたそうです。
    ここまで来ると呆れますね。

    野口二郎は今一歩人気のない大洋軍の投手だったため、
    あまりマスコミに取り上げられる事も少なかったため、
    非常に興味があったんですね。
    大谷翔平の2刀流なんか霞むくらいの活躍なのにです。

    てな訳で、このドラマを楽しみにしていたのですが、
    結局はNHKの大好きなただの反戦ドラマになってしまいましたね。
    川上哲治と飲みまくった話とか、他にも彼のエピソードを
    知りたかったんですが、全く触れられず。。。

    途中からつまらんくなり、見るの辞めました。
    本当にがっかりな内容でした。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

おすすめ記事を表示するためには、あらかじめ記事編集画面にあるカスタムメタボックスより「おすすめ記事」を選択してください。