マチ工場のオンナは実話!有元光のモデルやダリア精機のモデル企業は?

11.242017

この記事は3分で読めます

2017年11月24日、NHKドラマ『マチ工場のオンナ』が始まります。

 

32歳の専業主婦が、突然、父の残した町工場の社長となり、倒産寸前の会社を救うべく奮闘するという実話を基にしたドラマです。

 

となると、気になるのが、モデルとなった人物や企業です。

 

『マチ工場のオンナ』のモデル人物や企業について、調べてみました。

 

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マチ工場のオンナは実話!有元光のモデルは?

『マチ工場のオンナ』の主人公の有元光のモデルは、諏訪貴子(すわ たかこ)さんです。

 

suwatakako

名前:諏訪貴子(すわ  たかこ)

生年月日:1971年5月10日

出身:東京都大田区

大学:成蹊大学工学部

 

大田区の町工場のダイヤ精機株式会社の次女として生まれます。

 

兄と姉がいましたが、兄は6歳のときに、白血病で亡くなっています。

 

1995年、成蹊大学工学部を卒業。

大手自動車部品メーカーのユニシアジェックス(現日立オートモティブシステムズ)に入社。

エンジニアとして勤務しました。

 

1997年、出産を機に退職。

 

1998年、父・保雄(やすお)氏の要請により、ダイヤ精機に入社。

総務を担当し、バブル崩壊後の不況で低迷していた業績を建て直すため、リストラを提案。

 

しかし、父・保雄氏は、

「ならば、おまえが辞めろ」と、

その提案を一蹴。

 

貴子さんは、半年で退職しました。

 

2000年、再び保雄氏に請われて入社。

同じことが繰り返されて、わずか3か月後の退職となりました。

 

2004年、他社に勤務する夫のアメリカ転勤が決定。

しかし、渡米寸前、前年に肺がんを克服したはずの保雄氏にがんが再発。

64歳で急逝しました。

 

現実的に、貴子さん以外に後継者が見当たらず、従業員や協力会社から後継に推す声が上がり、悩み抜いた末、貴子さんの2代目社長就任と夫の単身赴任が決まりました。

 

社長となった貴子さんは、赤字経営だった会社の経営改革を行います。

 

2名の人員削減を実施。

それが、幹部社員の怒りを買って、孤立します。
それを乗り越えて、3年連続で売り上げを伸ばしていきました。

 

しかし、リーマンショックで、売り上げが低迷。

 

それを機に、全体の2割しか占めていなかった「ゲージの製造(寸法の測定具)」をメインにし、機械ではできない、 「1000分の1ミリの職人」を持つ長所を生かす戦略に変えました。

 

ゲージとは寸法の測定具で、その使用により製造ロスが抑えられるため、機械加工の現場では不可欠なものとされています。

 

自動車業界では、部品ごとに専用の特注品を導入するのが通例です。

 

マイクロメートル単位(1マイクロメートル=1000分の1ミリ)の精度が要求されます。

 

ダイア精機は、それを手作業で実現する研磨技術をもつ熟練工がいました。

 

その強みを生かしたというわけですね。

 

職人技が必要となるため、価格競争に巻き込まれにくいです。

 

リスクのある決断でしたが、それが成功して、全国の中小企業経営者や、政府関係者が見学に訪れる町工場の星になり、「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」の大賞にも選ばれました。
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マチ工場のオンナは実話!ダリア精機のモデル企業は?

『マチ工場のオンナ』のダリア精機株式会社のモデル企業は東京都大田区にあるダイア精機株式会社です。

ダイア精機株式会社は、東京オリンピックが開催された1964年、貴子さんの父・保雄(やすお)氏によって創業されました。

 

精密なゲージを生み出す技術力が、高い評価を獲得します。

 

貴子さんが、リーマンショックのときに下した経営判断は、原点回帰と言っても良かったのかもしれません。

 

設計・提案から材料調達、検査まで、一貫加工ができることも強みに、精密金属加工メーカーとして発展していきました。

 

現在、従業員37名、年商2億9000万円の会社です。

 

以上です。

 

こういった中小企業がますます元気になっていくといいですね。

 

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