石原莞爾の評価は?天才か亡国の将軍か?最終戦争論の要約も!

12.082016

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平成28年12月8日放送のNHK BSプレミアム『ザ・プロファイラー ~夢と野望の人生~』で、「“陸軍の異端児”の策謀と誤算~石原莞爾」が放送されます。

石原莞爾は昭和の陸軍の軍人としては、例外的に人気があり、東条英機を徹底的に批判し、戦犯となることもなく、賛否両論あって、謎めいた人物です。

 

謎めいた石原莞爾の評価、天才なのかどうか、日蓮宗の影響や、主著・最終戦争論の評価について書きます。

 

石原莞爾の評価は天才?

石原莞爾ほど賛否の分かれる人物はいません。

 

石原莞爾のシンパは彼を天才と評します。

 

そして、彼の才能が最も発揮されたのが、満州事変です。

 

日本は、日露戦争の勝利によって、南満州鉄道やその付属地など、満州に多くの権益を持っていて、日本人もたくさん住んでいました。

 

中国で中華民国が成立したものの、現在の中国全土を支配するほどの力はなく、軍閥が割拠している状態でした。

そのため、満州は治安が悪く、日本人が常に強盗や殺人などの被害にあっている状態でした。

 

満州は、万里の長城の外にあって、漢民族ではなく、満州民族の土地で、清朝発祥の地でもあります。

もともと、言語も別で、違う民族の土地なんですね。

だから、中国の統一を重要視する現在の中国は、満州という言い方を非常に嫌がります。

 

日本人が被害に合い、何もできない状況に業を煮やした石原莞爾は、満州事変を実行。

 

23万人とも言われる軍閥の張学良軍に対し、わずか1万数千の関東軍で日本本土の3倍もの面積を持つ満州を占領してしまいます。

 

その作戦は、簡単に言うと、張学良軍の通信を遮断して、連絡を取れないようにしたうえで、各個撃破していくというものです。

 

23万人を1万数千で破ってしまうというのは、天才としか言いようがありません。

 

しかも、当時、石原莞爾はまだ課長クラス。

課長クラスが時代を一変する事態を引き起こしたのです。

 

この満州事変で石原莞爾が天才と言われるようになったのです。

 

石原莞爾の評価は亡国の将軍?

一方では、石原莞爾を亡国の将軍という評価をする人もいます。

 

そもそも、戦争がダメだから、軍人は全部ダメなんていう極端な人もいますが、それは別にして、石原莞爾が軍部独走のパターンを作ってしまったというものです。

 

半藤一利なんかがこの評価ですね。

 

満州事変は中央の了解を取らず、現地で勝手に引き起こしました。

本来なら、軍法会議で処罰されてしかるべき行為ですが、あまりの成功と、もともと中国の暴虐に不満を持っていた大衆からの支持によって、追認されました。

 

さらに、中心人物である板垣征四郎や石原莞爾が昇進したことで、真似するものが続出します。

 

上海事変とか、現地の軍部が勝手に暴走するというパターンが繰り返され、統制が取れなくなり、泥沼の日中戦争に突入。

ついに、敗戦に至ります。

 

満州事変がうまく行き過ぎたがゆえですね。

 

ちなみに、石原莞爾は満州事変以後の独走については、反対しています。

 

それは、なぜでしょうか?

 

石原莞爾の最終戦争論の要約

そのカギは石原莞爾の主著『最終戦争論』にあります。

 

『最終戦争論』を分かりやすく、そして乱暴に要約します。

 

日本とソ連が準決勝を戦って、その勝者に日本がなったら、最終戦争として、日本とアメリカが戦って、戦争はなくなるというものです。

 

すごく、乱暴な要約です。

 

日本は、最終戦争に備えて、満州で国力を養うべきという考え方だったので、満州事変以後の陸軍現地軍の暴走には、反対でした。

 

また、日米開戦についても、準決勝のソ連を飛ばして、決勝で戦うべきアメリカと戦うことになってしまうため、反対していました。

 

戦争がなくなる理由は、大量破壊兵器の出現によって、お互いに攻撃できなくなるというものです。

原爆の出現を予言していますね。

 

かなり、おもしろい本です。

 

以上です。

 

興味のつきない人物ですね。

 

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