『エヴェレスト 神々の山嶺』は実話?羽生や長谷のモデルは誰?

03.272017

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2017年3月27日 (月) 深夜2時07分、映画『エヴェレスト 神々の山嶺』が放送されます。

 

個人的に登山が好きで、原作が好きだったので、公開されてすぐ見に行った映画です。

 

ただ、個人的な評価としてはいまひとつで、原作の良さを生かしきれていないように思いました。

 

キャストが豪華なのに、そのせいで深夜の放送になってしまったのかもしれません。

 

『エヴェレスト 神々の山嶺』は実話なのか、羽生や長谷のモデルは誰なのか調べてみました。

 

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『エヴェレスト 神々の山嶺』は実話?

『エヴェレスト 神々の山嶺』は実話なんでしょうか?

 

映画『エヴェレスト 神々の山嶺』は、夢枕獏の小説『神々の山嶺』が原作となっていて、実話ではなくフィクションです。

 

ただ、実話に基づいているところもあります。

 

それが、マロリーの話です。

 

イギリスの登山家ジョージ・マロリーとアンドリュー・アーヴィンが、エヴェレスト頂上にアタックして、頂上付近で消息不明となります。

遭難したのが、登頂後なのか登頂前なのかが、登山史の最大の謎として残っています。

 

1999年5月1日、マロリーの遺体が発見されます。

遺留品の中にマロリーが携帯していたカメラ「VEST・POCKET・KODAK」は発見されませんでした。

 

カメラがあれば、登頂していれば撮影しているはずですから、登山史最大の謎が解明されるはずだったのです。

 

ここまでは、実話です。

 

カトマンズの雑貨屋でマロリーのカメラを発見するところは、もちろんフィクションですね。

 

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『エヴェレスト 神々の山嶺』羽生や長谷のモデルは誰?

羽生丈二や長谷常雄、深町誠にはモデルがいます。

 

羽生丈二のモデルは、森田勝と言われています。

 

森田勝(もりた まさる)は、1937年(昭和12)12月19日生まれ。

 

1967年2月25日、滝沢第三スラブ冬季初登頂に成功。

1970年1月27日、アイガー北壁 冬季日本人初登頂に成功。

 

映画の基になっているエピソードもあります。

 

長谷川恒夫のグランドジョラス挑戦を聞いて、アルプスに飛んで、先手を打って挑戦するも悪天候に阻まれます。

休憩中にフックが外れ、50メートル落下。

負傷するも、右手・右足・歯だけで登攀、生還。

 

逆にその超人的な生還が森田勝の伝説になります。

 

もうひとつ映画の基になっていると思われる話があります。

 

森田が30歳前後の頃、山の仲間との酒席で、ザイルを切るか切らないという話になり、切ると断言。

しかし、1980年の冬、村上文祐とグランドジョラス挑戦。

800メートル転落して即死。

ザイルは切れていなかったそうです。

 

映画とは、違った展開ですね。

現実では、ザイルは切れていなかったのです。

 

長谷常雄のモデルは、長谷川恒男と言われています。

 

長谷川恒男は、1947年12月8日生まれ。

 

1974年3月、冬季未踏であった谷川岳一ノ倉沢滝沢第2スラブの単独初登頂に成功。

 

1979年3月4日、グランド・ジョラス北壁、冬期単独初登頂に成功。

アルプス三大北壁の冬期単独登攀の成功は世界初です。

 

1981年、南アメリカ最高峰アコンカグア南壁(中央クーロワール新ルート)の冬季単独初登攀に成功。

 

しかし、1983年以降の挑戦はすべて敗退します。
1991年 ウルタルII峰で、雪崩に巻き込まれ星野清隆と共に遭難死。

 

深町誠のモデルは、赤松威善と言われています。

 

赤松威善(あかまつこれよし)は、長谷川恒男のグランド・ジョラス北壁 冬期単独初登頂を撮影した『北壁に舞う』というドキュメンタリーを撮影しています。

 

以上です。

 

映画だけ見ると、そんなに感じないかもしれませんが、原作を読んでいると、羽生丈二が他人とコミュニケーションを取れず、山でしか生きられないという人物が描き切れていないかなという印象です。

 

原作はかなりの長さなので、それを2時間でというのは、難しいのかもしれません。

 

それでも、映像化されると、それはそれで楽しめる作品でした。

 

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